お母さんが死んで、福武さんがやって来た。
福武さんは前にスーパーで一週間だけアルバイトした時に知り合った、パートのおばさんだ。他のパートがにこにこして「よろしくね」などと挨拶しているのに、福武さんは不機嫌そうだった。「忙しいくてそんな暇なんてないのに、言われたから仕方ないわね」といった調子で、仏頂面でレジの使い方や現金チェックの仕方を説明してくれた。説明は早口でわかりにくかった。てっきりパート部長か何かだと思っていたら、後で聞いたら三ヶ月目で、指導係でも何でもなかった。
身長は一五〇センチくらい、少し小太りの骨太な体格で、落ちかけのパーマがワカメのようになっている。せかせかと早足で歩くのだけれど、機敏でもスマートでもなく、足の指で地面をがっしり掴んでいるようにいつも力んでいる。通路を曲がるときは直角に近い角度で方向転換する。
手元はてきぱきしているので仕事ができるのかと思うと、結構よくミスをしている。決して間違いは認めず、人が指摘する前に機械の調子が悪い、また壊れた、こんな古い機械じゃだめだ、POSも最新のものを導入しないとマーケティングで遅れを取る、とか理屈をつけている。
隣のレジに入っていたりすると、突然、リニューアルしたお菓子売り場の配置は人間工学的に間違っている、目線の高さが考えられていない、などと話し掛けてくるので、適当に相手をしていた。お手洗いで会う他のアルバイトには「福武さんのお気に入りにされちゃって、気をつけてね」と言われた。一週間で辞めたバイトなのに、福武さんのうわさ話だけは沢山聞かされた。前は歯科衛生士をしていたこと、何かもめ事を起こしてクビにされたらしいこと、他の医院に再就職しなかったのはどうやら歯科業界にいられないようなことをしでかしたらしいこと、一人暮らしであること、時々派手なピンクのシャツを着てくること、自然農法か何かにはまっているらしいこと、転んだわけでもないのに積み上げたポッキーの段ボールに突っ込んで試食販売のブースを破壊してしまったことがあること。
辞めて部屋でぼんやりしていたら、福武さんがやって来た。ドアをばんばん叩く音がして、読売新聞の勧誘に違いないと思って小さく隙間を開けて覗いたら、福武さんが立っていた。
「近くまで来たから寄ったの。開けて」
いつものように不機嫌そうな顔で、呼んでもいないのに「仕方ないから遊びに来てやった」とでも言いたそうな調子だった。まだ残暑が厳しい頃で、額に汗をかいて真っ赤な顔をしていた。疾走している蒸気機関車のようで、開けてあげないと沸騰して脱線してしまいそうだったので、とりあえず部屋にあげた。福武さんは挨拶もそこそこに上がり込んで、出した麦茶をごくごくと飲んだ。そして小旅行にでも出られそうな大きな黒いバッグから缶入りの水ようかんを取り出すと、透明プラスチックのスプーンで食べ始めた。食べ終わるともう一つ、今度は抹茶水ようかんを出して、これも一気に平らげてしまった。その間に五回くらい麦茶をおかわりした。
「暑いわね」
そう言って福武さんは部屋を見回した。この部屋にはエアコンがなく、窓際に置いた扇風機で涼を取るしかなかった。福武さんはそれが不満なようだった。わたしはうちわで自分をあおぎながら、扇風機のスイッチを「強」にした。部屋の隅のスーパーの袋がバタバタと音を立てるくらいで、あまり涼しさは変わらなかった。
福武さんは落ち着きなくバッグの口を大きくあけて、何かを探し出した。乱暴な手つきでかき回しても見つからないらしく、「しょうがないわね」と立ち上がった。こちらを振り向きもせず、出ていく時に小声で「プラークコントロールができていないのかしら」と呟いていた。
うちのアパートは細い路地の奥にあるので、やって来る人は大抵道に迷う。宅急便の配達から何度も電話がかかってきた。表通りに面したマンションの脇の小道を入ると、砂利敷の駐車場になっている。奥にフェンスで囲まれた水道施設があるので、外から見ると行き止まりにしか見えない。フェンスの横に細い歩道が続いていて、その行き止まりに建っているのだ。それなのに福武さんは、案内もなしに辿り着いた。
その時はまだお母さんが死んだことはわかっていなかったのだけれど、後から逆算すると大体死んだのはそのくらいになる。最近見かけないと思っていたら、家賃を持っていった時に「一週間前に死んだ」と知った。人間で言えば八十歳過ぎだったらしい。
「一晩一緒に寝てあげたのよ。子供たちが泣いてね」
天然パーマがカリフラワーのような大家さんは、思い出しただけで少し涙ぐんでいた。オーバーオールに紫色のトレーナーを着ていた。玄関には沢山の猫の写真と、子供が小さかった頃に描いてもらったらしい似顔絵が飾ってあった。奥では中学生の娘がピアノの練習をしていた。
大家さんの部屋は同じアパートの一階の奥で、元は二つか三つだった部屋を合体させてファミリーで住める造りにしてある。アパートの大家なのに、自ら猫を飼っていて、お母さんはそのうちの一匹だった。お母さんには二匹子供がいて、それぞれ小さなブチと大きなブチがあったので、小ブチ大ブチと呼んでいた。お母さんは二匹のお母さんだということは知っていたのだけれど、名前がわからないので「お母さん」とだけ呼んでいた。痩せ細った三毛猫で、いつも独得の細い声で鳴いて、毛並みの悪さや足腰のおぼつかないことから相当に歳をとっているのはわかっていた。
お母さんは警戒心が強いのだか弱いのだかわからない猫で、近くまで来るくせに急に飛び退いて逃げたり、エサを見せても部屋に入ってこないかと思ったら、ある日ベランダから勝手に侵入していたり、挙動不審なところがあった。今考えると惚けていたのかもしれない。最後まで本名もわからなかった。
お母さんの四十九日くらいでお金がなくなってきて、ハートカクテルに会いに行った。めずらしくちゃんと化粧をして、自分なりに可愛らしい格好をしてみた。ハートカクテルは広告代理店に勤める三十七歳独身で、見た目はかなり若々しくてハンサムだ。ベンツに乗っているけれどちっとも洗車していなくて、「ドイツが好きだからベンツなんだ。アウディでもなんでもいい」と言っているあたりが普通の小金持ちと少し違う。仕事のことしか頭にないようだけれど、メールを入れておくと五日目くらいには一言返事が入っている。その時は気が向いたのかすぐに電話を取ってくれて、一緒にお豆腐を食べに行った。
ハートカクテルは菜食主義者で、米も玄米しか食べない。いつも最新のモバイルツールで武装している。公園のベンチに座ろうとすると、ささっとハンカチを出したりする。メニューから料理を選ぶ時は「そうだなぁ、うーん、湯葉刺し、いいね、湯葉だよ湯葉、素晴らしいね、どう? 好き?」と一々声に出す。最初は嫌らしい演出だと思っていたけれど、気取っているのではなく性根から嘘くさい人なのだとわかって、ハートカクテルと命名した。
ハートカクテルは時々、お金をくれる。お金をくれる時も「これでおいしいものでも食べなよ」などとは絶対言わず、「次に会う時までに、僕へのプレゼントを選んでおいてよ。でもこれは、君へのプレゼントになるのかな?」と言う。その日はすくい豆腐や竹の子の一本焼きやきなこアイスクリームを御馳走になって、それから三万円とお米券五千円を貰った。「ビタミン、ミネラルがたっぷりの胚芽を捨ててしまうなんて、資本主義は滑稽だね」とのことだった。
それから何日かして、また福武さんがやって来た。面接に行くような紺色のスーツを着ていた。かなりくたびれたスーツで、シャツは真ピンクだった。いつものようにせかせか上がり込むと、一度キッチンの方に戻って「コップは、コップ」と言う。麦茶が欲しいのかと思って注いで出すと、一度受け取って「違うわよ」と流しに捨てそうになったが、それからごくごくと一気に飲み干して、空になったコップを持って部屋の方に戻った。
大きなバッグの中をがさこそとかき回して、パックに入ったもずくを取り出した。それをあけてコップに入れると、またバッグに手を突っ込んで、今度は見たこともない機械を取り出した。
長さ三〇センチくらいのスタンド状になっていて、上の方に小さめの電球が付いている。写真の現像に使うもののようにも見えたけれど、小さなレンズから覗き込む形になっていて、顕微鏡にも似ている。何のためだかわからない出っ張りやダイヤルが沢山ついていて、基盤やリード線が剥き出しになっていた。
福武さんはそれをコタツの上にのせると、もずくを入れたコップを下において、ダイヤルをぐるぐる回し始めた。機械が壊れるのではないかと思うくらい乱暴にいじったかと思うと、突然全身を緊張させてコップの位置を一ミリくらいずらしたりする。その作業を二、三回繰り返してから「見てみなさい」とわたしに促した。
福武さんが横にずれたので、わたしは顕微鏡のようなレンズからもずくを覗いてみた。もずくが水に浮いているだけだった。
「どう? わかる? わかるわね?」
福武さんはせっかちに言うと、またバッグに手を入れて書類の束を取り出してわたしの前に放り投げた。小さな字がびっしりと並んでいて、保険の契約書のようだった。わたしがぼんやりしていると、福武さんが寄ってきてページをめくり、二ページ目の中程を指差した。そこに弟の名前が書いてあって、初めて驚いた。
「寮にいるんでしょ。とっても治安が悪くてレイプや殺人も当たり前なの。ホームレスみたいなのがうようよしているのよ。早く会ってやりなさい」
そう言うと読もうとしていた書類を取り上げてまたバッグに放り込んでしまった。さっきまで慎重に扱っていた機械も大根でも持つように一緒に無造作にバッグに入れると、立ち上がりかけて「ああいけない」ともずくのコップを手にキッチンまで行って流しに捨てた。「歯に挟まったりしたら大変なことになるわ」。
それからバッグを掴んで出ていこうとして、玄関のところでまた突然思い出してバッグから長細いものを取り出した。それを靴箱の上に置いて「これは調べてあるから大丈夫」と言い残すと、そのまま立ち去ってしまった。
弟は歯学部の大学院生で、一族から将来を嘱望されていた。それが卒業間際になって失踪し、一年余りにわたって行方がつかめないでいたのだ。わたしのところにも何度か両親と警察がやって来たけれど、薄汚い部屋に不愉快な顔をされただけで、そのうち事件からも蚊屋の外にされてしまっていた。
靴箱の上に置いてあったものを見ると、干物の真空パックのようだった。そのままキッチン台の上に置いておいて、夕飯の時に試しに開いてみた。干物に見えたけれど中は柔らかく、かつおのたたきを乾燥させたような食べ物だった。口に入れるとポロポロして味気なく、わさび醤油で味を付けて半分くらい食べて、残りはタッパーに入れて冷蔵庫にしまった。
ハートカクテルのお母さんが事故で入院した。滅多に連絡してこないのに、「すぐに行かなくちゃいけない」と電話で知らせてくれた。前に上海出張で連絡が取れなくなった時に「死んだと思った」と言ったことが効いたらしい。「向こうであちこち回るのに車で行った方がいいかな」と相談され、絶対電車の方が楽だと思ったけれど、車にしよう、心配だから付いていく、と答えた。ハートカクテルの実家は京都で、弟の大学も京都だった。
へこんだバンパーも修理していないベンツで迎えにきたハートカクテルは「ほとんど音信もなかったのだけれど、さすがに親子だからね。近くの友達より遠くの親戚、ってこれは逆だったかな?」とやっぱり爽やかだった。わたしも嘘くさいメイクで右側の助手席に滑り込んだ。
ハートカクテルのお母さんは芸術家で、陶芸か何かをやっているらしい。リベラルな思想の持ち主なのでわたしが現れても驚かないだろう、とのことだったが、畳の縁だけは踏んではいけないという。伝統を重んじるタイプでもないのに、畳の縁だけは大切にしていて、ハートカクテルは今でも和室を歩く時は緊張するらしい。
病院に着くと、入ってすぐの待合い室で親戚らしい人たちが待っていた。その相手で忙しそうだったので、何も言わないで抜け出すと市バスで弟の大学の寮に向かった。弟はずっと寮で暮らしていて、前に一度だけ遊びに行ったことがある。昔は新左翼の牙城だったそうだけれど、弟が入学する数年前に抵抗虚しく取り壊され、新しく作られた建物はつるんとした学生マンションのようだった。ただ、左翼の人たちの強い主張で二人部屋が選べるような制度が残って、弟は寮費の安い二人部屋に住んでいた。一番北側の棟の四階だった。
弟のいた部屋に行くと、同部屋の人も留守で鍵がかかっていた。廊下の窓からはジャングルのように荒れ放題の中庭が見えた。建て替え前からあるらしいクスの木のかなり高いところに、鳥の巣箱が据えられていた。その巣箱に小鳥が出入りしているのを眺めていると、隣の部屋の人が帰ってきた。尋ねてみると、やっぱり弟は戻っていないらしい。最初は不審そうだったけれど、姉だとわかると部屋に招かれた。同じ歯学部の学生で、弟とは親しくしていたらしく、失踪直後は何度も警察が来てうんざりしていたという。弟は学部の時は歯列矯正に興味を持っていて、有名な矯正歯科に内定していたのだけれど、突然進学すると言い出したようだ。
「インプラントってわかります? 歯が抜けちゃった時に、チタンって金属でできた人工的な歯根を骨に埋め込むんですよ。最新技術ですごく人気があるんですけど、この研究にはまっちゃったらしいですね。教授にひっぱっていかれたみたいですよ」
研究室の場所を聞くと、さっき通ってきた場所だった。よく考えるとハートカクテルのお母さんが入院したのも弟の大学の付属病院だった。付属病院だからすぐそばに医学部や歯学部があって当たり前だった。
どのみち病院に戻らないといけないので、研究室に寄ってみることにした。医学部や歯学部は他の学部から少し離れていて、あまり大学らしくない会社のようなビルが並んでいる。案内版を頼りに建物を探し当て、入ってすぐの窓口で尋ねてみると部屋を教えてくれた。エレベーターで六階まで上がると、扉が開いてすぐに乗ってこようとする人がいた。
「上ですか? 下じゃなくて上ですか?」
白衣を着た五十歳くらいの痩せた男で、髪にところどころ白髪が混ざっていた。電話オペレータが使うようなヘッドセットをしていて、どこかと通信しているように視線を合わせずに言うので、こちらに話し掛けているのかわからないまま「下から来ました」と言うと、「さあどうぞ」と大袈裟なジェスチャーで道をあけてくれた。白衣の男はエレベータ乗っていってしまった。
すぐ前が件の研究室だった。脇の掲示板に歯科の学会のポスターが貼ってあった。ドアをノックをしてみたけれど返事はなかった。フロア全体がしーんとしていて、まるで人の気配がなかった。もう一度大きくノックして一分くらい待ってみたけれど、やはり物音一つしなかった。遠くから空調の機械の音が低く響いていた。帰ることにしてエレベーターの方を振り向くと、ポーンと音がしてさっきの男が降りてきた。ドアの前に立っているわたしに気付くと、初めて見たように驚いて、上から下まで舐め回すように視線を這わせた。
「なにかご用?」
ここの研究室の人ですか、と尋ねると、「いかにも」と答えるので、弟の名前を言った。動物のようにびくっと反応した。
「警察? 違うね。違う。それだけはなぜかわかる。取材? 取材?」
姉です、と答えると、
「ああ、姉か。姉というと、お姉さんだね。お茶でも入れますよ」
と、急に柔和な顔になった。リラックスしたというより、「穏やかな顔」というモ−ドにスイッチが切り替わったような機械的な反応だった。返事をする前にドアを開けた。ジャンプするようにドアにとりついたので、ヘッドセットが耳からずれた。スケートのような動きで早くも湯沸かしポットの前に立っていた。ヘッドセットは首にひっかかったままで、ズレたのに気付いてもいない様子だった。
いいですよ、お構いなく、と言うと「構うもんか、構ったりするものか、構ってたまるもんか」と小声でぶつぶつ言いながら宇治煎茶の缶を開けて、半分くらい床にこぼしながら使い捨てお茶パックに茶葉を詰め、湯のみに入れてポットからお湯を注いだ。湯のみを二つ持って振り向くと、わたしを押し退けるようにしてまたスケートのような動きでテーブルの所まで運んだ。お茶は半分くらいこぼれていた。
促されるままに腰掛けた。部屋は分厚い本の並べられた書架でぐるりと囲まれていて、何に使うのかわからない機械がテーブルの上に雑然と放り出されていた。椅子の上にも書類の束が載せられていたので、テーブルの隅にがさっと移動させた。山が崩れて機械にもたれかかったけれど、男も気にしていない様子なのでそのままにした。
「弟さんは本当に優秀でねぇ。惜しい人を亡くしたよ。いや、亡くしてないけれど、早く帰ってこないかね」
白衣の男は落ち着きなくお茶をすすりながら一方的に喋った。視線も合わせずに演劇の練習のような調子だった。突然、部屋の隅からブザーの音が響いた。電子的な音ではなく、昔の呼び鈴のように金属が打ち鳴らされる音だった。
男はまたびくっとしたが、「お姉さんだものね」とテーブルの上の機械の中から一つを取り上げた。埃を被った古いラジオのようなものからコードが伸びていて、その先がステレオに差すプラグ状になっていた。男は口を開き、自分の犬歯の辺りに手を突っ込んで、乱暴に何か引き抜いた。歯を抜いたように見えた。それからプラグを持つと、歯のあったところにサクッと差した。機械に差し込むようにきれいにつながって、手を離しても落ちてこなかった。
わたしが怪訝そうに見ていると「弟さんのは違った? もっと長かった?」と言う。返答に窮していると、突然男の顔色が変わった。
「そうか。知らないんだな。血を分けた兄弟と言いながら、何もわかっちゃいないんだ! 出ていってくれ!」
立ち上がって、虫でも追い払うように両手を振り回した。こちらに来ようとしてコードがひっかかったので、また乱暴にプラグを抜いた。急いでドアから退散した。乱暴に扉が閉められた。
閉める間際、「遠くの親戚より近くの友達とはよく言ったものだよ」と呟いていた。
ハートカクテルのお母さんは原付バイクにひっかけられて転んだようで、肋骨に一本ヒビが入っていた。それ以外は擦りむいた程度で、帰宅しても支障はなかったのだけれど、別のことが問題になっていた。事故にあったのが自宅から十キロくらい離れた五条河原町の交差点で、「どうしてそんな所に」と問いただすと答えがあやふやだった。頭を打って記憶喪失なのかと脳を検査したところ、事故の影響はなかったけれど、代わりにアルツハイマーが進行しているのが発覚した。惚けて放浪していたところにバイクとぶつかったようだった。
一人暮らしで近所の人とも仲が悪く、元から突飛な行動ばかりしていたので、周囲の人間もそれと気付かなかったらしい。精密検査をするとすでに中程度の症状で、ハートカクテルのこともちゃんと理解しているのかあやふやだった。病院では預かれないそうなので、とにかく家まで連れて帰るしかなかった。遺産を期待していたらしい親戚たちは、惚けたけれど死なないとわかると潮が引くように帰っていった。仕方なくベンツの後部座席にお母さんを押し込んで病院を後にした。
さすがのハートカクテルも爽やかさが半減していた。このまま一人暮らしを続けさせるわけにもいかないし、仕事で帰れない日もあるハートカクテルではとても面倒を見られない。どこか施設にでも入れるしかないけれど、とりあえずはお母さんの友達と相談することにした。運転しながらあちこちに携帯で電話していた。低い建物の向こうに紅葉の山々が流れていった。後ろを振り向くと、お母さんもぼんやりと窓の外を眺めていた。今なら畳の縁を踏んでも怒られなさそうだった。
家に付く直前に、お母さんの古い知り合いと連絡が取れたらしい。子供の頃のハートカクテルが可愛がってもらっていたようで、「昔のことは言いっこなしですよ」と照れくさそうに笑っていた。電話を切ると、「今から来てくれるって」と本当に助かった様子だった。
ハートカクテルが育った家はもう売り払ってしまっていて、お母さんは小さな一軒家に住んでいた。古い町家を改造したもので、京都の芸術家の流行りなのだそうで、小さなオフィスとして活用する人もいるらしい。扉をあけると棚にツボが整然と並んでいたが、奥の部屋を覗くと散らかり放題だった。脱いだ肌着や新聞の織り込みチラシが床に層を作っていた。
知り合いがやって来るまでまだ時間があったので、ご飯を作ることにした。食にこだわりのあるハートカクテルが冷蔵庫を開けただけでげんなりしているので、わたしがなんとかすることにした。フリーザーを開けると、いつ入れたのかわからないサランラップにくるんだご飯が凍っていた。レンジで解凍して、あるものを炒めてチャーハンにすることにした。ネギとレタスと賞味期限ぎりぎりのお豆腐があったので、全部放り込んでゴマ油で炒めて塩胡椒すると、何となく食べられそうな気がした。二つと同じ食器がなかったので、一つはカレー皿、一つはもう少し小さめの平らなお皿、残りは丼に入れて奥の部屋に持っていった。
「材料にこだわらないところが女性の料理だよね。君の手料理を食べるのは初めてだし、結構ラッキーな日かもしれないな」と言いいつつ、ハートカクテルの目には少し悲哀が浮かんでいた。丼はわたしが引き受けることにして、カレー皿をハートカクテルに、平らのお皿をお母さんの前に置いた。お母さんはベンツに乗ってから一言も口を聞いておらず、チャーハンを目の前にしてもきょとんとしていた。「お母さん、お腹すいたでしょ」とハートカクテルが言っても、にこりともしなかった。
わたしとハートカクテルが食べ始めても、お母さんは箸を付けなかった。肋骨が痛くて食べられないというより、目の前に置かれたものが何なのかわからない様子だった。ふと何か思い出したように、肌着の山の中に手を入れてもぞもぞし始めた。「お母さん、何か探してるの?」
目指すものが見つかったようで、初めてお母さんの顔に笑みが浮かんだ。手に持っていたのは、ピンク色の入れ歯だった。それを口の中に入れると、急に表情が生き生きとしてきた。つられてハートカクテルも微笑んだ。
「お母さん、ご飯だよ、チャーハンだよ。ほら」
お母さんは豆腐とレタスがぐちゃぐちゃに混ざった不思議な食べ物を見て、子供のように満面の笑みになった。それから両手をお皿に突っ込むと、粘土を捏ねるようにかきまぜ始めた。
その晩はお母さんの家に泊まった。翌朝、ハートカクテルが電話している声で目が醒めた。まだ手続きに時間がかかるらしく、「これ以上付き合わせるわけにもいかないから」と新幹線代をくれた。「迷惑かけたからね」と十万円渡された。次のアルバイトの当てもなかったし、もうすぐカリフラワーの大家さんに更新料を払わなければならなかったので、青春18きっぷで倹約することにした。駅で聖護院やつはしを買った。
名古屋まではあっという間だったのに、静岡に入ってからが長かった。いつまで経っても静岡だった。うとうとした時、ボックス席の向かいに象がいるような気がした。子犬くらいの大きさの、小さな灰色の象だった。その隣に、ぼんやりした黒い陰のような生き物がいた。人間くらいの大きさで、境目がはっきりせず、シートと溶け合ってしまっているようだったけれど、確かに一匹の生き物だった。象はその染みのような生き物になついている様子だった。はっと目を覚ますと、斜め向かいの席には太った女が座っていた。さっきまで老夫婦がいたと思ったのが、麦わら帽子にワンピースを着た八十キロくらいありそうな女が、無心にポッキーをかじっていた。まだ静岡だった。
部屋に帰ると、福武さんがいた。
日の暮れたアパートの廊下で、うちのドアに寄り掛かって帰りを待っていた。紺色の作務衣のような空手着のような服を着ていた。わたしを見つけると、「遅かったじゃない」と早く扉を開けてほしそうだった。鍵を開けると、わたしよりも先に上がり込んだ。
いつもの大きなかばんを下ろし、冷蔵庫を開けて麦茶を取り出し、勝手に注いでごくごくと飲み干した。それからもう一杯継ぎ、これも一気に飲むと、コップを流しに置いて扇風機のスイッチを入れた。わたしは窓を開けた。
かばんの中をがさこそすると、前と同じ機械を取り出した。ただ、顕微鏡の接眼レンズのような部分がピンク色のマーカーで縁取りされていた。またかばんに手を入れて、ビニール袋に入ったカレーパンを取り出した。スーパーで生ものを入れるためにくれる半透明の薄いビニールで、中にカレーパンが二つ入っていた。
カレーパンをを機械の下の置くと、レンズを覗いて調べだした。調べながら、もう一つのカレーパンをもぐもぐと食べ始めた。見ていると駅で買ったやつはしを思い出したので、紙袋から取り出し包装紙を破いた。福武さんはカレーパンを食べて、わたしはやつはしを食べた。ぱさぱさしていた。
と、ベランダから猫の鳴き声が聞こえた。聞き覚えのある細い声だった。「お母さん?」と思わず声に出し、そんなわけはないのだけれど窓際に寄ってカーテンを開いてみた。猫の姿は見当たらなかった。その割にははっきり聞こえたので、しばらく目をこらして探してみた。お母さんも別の猫も見つからなかった。耳をすませても、もう鳴き声は聞こえなかった。
振り向くと、福武さんがいなかった。ドアが開け放たれていた。機械と食べかけのカレーパンがこたつの上に置かれていて、かばんもそのままだった。チャックを開いたかばんの中から、職人さんの使う金属の物差しやスーパーの袋、書類の束などが見えた。近寄って覗いてみようとして、ふと気になって自分のかばんを手にとった。十万円がなくなっていた。
玄関に走って、サンダルをつっかけようとして、やはりスニーカーにした。アパートから飛び出しても福武さんの姿はなかった。砂利道を駆けた。表通りまで出て一回立ち止まって、駅の方に向かった。通りをそのまま行っても駅に着くのだけれど、住宅街を抜けて近道するルートがある。三十メートルほど行ったコンビニの角で、その人気のない道の方に入った。
自転車を押した学生風の男の子にぶつかりそうになって謝った。表通りから一本中に入っただけで、人も車もほとんどいなくなる。小さな一軒家や古い木造アパートが続いている。その道を全力で走った。開け放たれた学生アパートの窓から、ビートルズの曲が流れていた。
もう一度角を曲がると、百メートルくらい先の暗がりに福武さんが見えた。競歩のような不自然な速歩きで、古い蛍光灯の光の中をずんずんと進んでいた。その背中に向かって駆けた。左の奥歯に鈍い痛みが走った。風を切りながら、片手で口の中を探ると、何かが歯に挟まっているようだった。長細い金属のような感触だった。ずっとずっと長いこと、それが歯に挟まっていたらしかった。