俺達に明日はない。

 でも、昨日はある。そう気付いたボニーとクライドは、俄然勢いづいた。
 ボニーの昨日はといえば、ろくなものではなかった。風邪をひいてしんどいのに、一日中寒空のした土方仕事、これで日給八千円は割に合わない。(中略)いろいろつらかった。
 それに比べて、クライドの昨日はといえば、ろくなものではなかった。生理痛がつらいのに夜のお仕事、肌荒れを隠そうとして厚化粧、そのせいでますますお肌が荒れて、私ももう今年で二十五歳、お肌の曲がり角もとっくに曲がって、でも負けない、シーバスリーガルをウーロン茶で割ったオヤジが「クライド、きょうはちょっと暗いど」なんて言ってもそつなくスマイル、軽くお尻にタッチくらいなら笑って許せる大人の女、幸せはいずこと言いつつ今日も働く、ああ労働者。
 そこでボニーはマルクス、クライドはエンゲルスを名乗って、プロレタリア独裁を目指して立ち上がろうとしたが止めた。明日出来る事は今日するな。
 しかし、よく考えると、明日はないのは当然で、明日は明日だからまだないのだ。それくらいのことでくよくよしちゃだめなのだ。まして銀行強盗なんて、ぜったい禁止。銀行強盗、ダメ。
 そう言われても、したいものはしたい。大体、女はずるい。こんな状況でするなという方が無理なのに、いったいどうして男の責任になるんだ? いや、まあ、別に、私はしなくたっていいんだよ。別にどっちだっていいんだ。だって、そんなことが一番重要なんじゃないもんね。でもね、でも、ほんとにその方が幸せなのかな。その辺のところ、君もよく考えてみてよ。だってほら、自然な事ってあるじゃない。なんていうかさ。上手く言えないけど。ね。分かるでしょ。いいじゃん。まあ、うん。そんなもんだよ。なんていうか、でも、ほら、あれ、ゴム付けるし。
 でも、昨日はあると言うのも少しおかしい。昨日はあったと言うべきで、あると言うのは変だ。それももう終わった事だし、今はもうないのだ。すると、昨日もないのか!
 がーん。
 ボニーは死んだ。
 クライドは悲しみのあまり錯乱して混乱して酒乱になり淫乱になり動乱して反乱した。それでも、どれか一つ取れと言うなら、淫乱だろう。淫乱はいい。酒乱よりはずっといい。大体、いやらしい字というのは難しくて良い。私はポルノ小説愛好家なのだが、難しい感じを見ると興奮してしまう。嬲るなんていう字を見てみなさい。こんな漢字、印刷していいのかね、全く。いやあ、いいねえ。うふふ。
 笑っている場合じゃない。ボニーは死んだんだ。葬式の準備、ああ、考えるだけで憂鬱、こんなにつらいのに悲しみにそぐわない事務の山、冠婚葬祭セレマ、坊主丸儲け、お経退屈正座つらい、喪服の未亡人色っぽくて親戚のおやじがつらいだろうワシが面倒見ちゃる、そのかわりといっちゃなんだが、ああそんなそんなダメダメおやおやここはそうは言っとらんぞコリャコリャああダメああダメ、そんなクライド見ていられない。ボニーは生き返った。
 復活! ボニー・パンチ!
 うー、やられた!

 それからというもの、ボニーは正業につき、二十五年ローンで憧れのマイホーム購入、学資保険やら生命保険やらバッチリ、明るい将来図、家族計画もコンドームさえあれば恐いものなし。ボニーはすし詰めの満員電車にもめげず、汗水たらして働いた。
 でも、やっぱり、ナマの方が気持ちいい。クライドは欲求不満。旦那は疲れて帰って寝るだけ、それもお前のためだって、でも、本当にそうなの? たまには朝まで愛して欲しいの、愛を確かめたいの、スイート・テン・ダイヤモンド。
 何言ってるんだ、お庭のある家に住みたいと言ったのは君だろ、シーズー犬のマリーだって飼ってやったじゃないか、一体、なにが不満なんだ。
 クライド、午前十一時、家事も一段落、そんな時ふと目に入ったティッシュの広告、ついついダイヤルテレホンクラブ、ちょっとすてきなヤングエクゼクティブ、忘れていた自分の中の女、素敵な会話、美味しいお酒、気付いたらホテル、でも、あなたのこと愛してるの、だって、だってね、後悔したもの、後悔したのよ、ね、信じて。
 ボニーはクライドを殺した。うそ。殺そうとしたけれど、ふうっと大きなため息をついて、重い足取りで夕暮れの職場に戻った。
 分かってるさ、コンドームだろ? ちゃんと付けるよ。だからもうそれを言うな。


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