「俺達に明日はない」?

 いや、ある。明日がなかったら、どんなに幸せだろう。そうしたら誰も死なないですんだ、犯罪も必要ない、今日が終わって、明日がこなければ、すべての問題は解消したはずだ。そこには彼岸にある論理の終末があったはずなのだから。
 それなのに、明日はある。明日も、明後日も、そのまた次の日も、確実にあるのだ、それが恐怖なのだ、不気味なのだ。明日は来る。明日、アシタ、アシとシタだ。だから、足を舐めても、足を舐められても、どっちでもいい。足を舐めると舌の先からしびれるように何かが精髄を降り、舐められるとそれだけでペニスが勃起する、子供の頃十円玉を何度も何度も何度も数え直したのを思い出す、どちらにせよ結果は同じだ。唾液で光った足の親指を肛門に挿入されると射精しそうになる、体内にごつごつした異生物が発生して、それは多分ニンゲンだから、こういうのをニンシンとかいうんだろうけど、つまりそれはニンゲンがシンデイルことで、とても恐ろしくて、それでもペニスに触れもしないまま射精してしまうのだ。ニンゲンがシンデ、ニンシンで、だから私の胎内には腐肉が成長しているのだ、腐肉がうごめいているのだ。腹を触ると、それが腕、それが頭、今にも外に出そうで、しかしそいつはどこから出てくるのだ?
 そいつはきっと逆流してくるのだ、肛門から逆流してくるのだ、肛門から入って口から出るように逆流してくるのだ、私の内臓をすべて裏返して、ニンゲンは筒だから内側と外側がひっくり返るように、くるんとぬるんとひっくり返るように逆流してくるのだ。
 しかし逆流しているのは女の足の親指かもしれない、私をくるんとぬるんとひっくり返すにはそれは短すぎるけれど、きっとこれ以上長かったら私はひっくり返されて私じゃなくなって、ああそれが彼岸にみえるから彼女の中指は唾液で光った愛液で光った中指は目眩を起こさせるのだ。
 右を見ると昨日が見えて、キノウはきっと機能なのだろう、ないけれども機能しているのだろう、機能は青や赤や緑色のリード線をいっぱい出して私をリモートコントロールしている、キノウが私を遠隔操作している。私は機能の奴隷で、だから私はいないのだ、私はキノウにかすめ取られたのだ、責任や著名が私に帰ってきて、請求書が私の所番地に送り付けられて、しかしこれは全くの見当違いなのだ。そんなものはキノウに差し出せばいいのに、私だけがいたぶられ嬲られ、でも彼女の光り輝く中指があれば私は隷属に甘んじていしまう、生産へと駆り立てられオートメーションの中でニンシンして腐肉を量産する事にも抗えなくなってしまう。
 彼女は何者かと問われれば、それはアシタと答える他にない、アシとシタで私を絡めとって、明日があるよ、未来があるよ、地平線の向こうがまだあるよ、蜃気楼のよう、砂漠の温度は目眩、私の腕、私の身体、それによって温度が変化して、歩いても歩いても届かないけれど温度によって目眩、ああやっぱり私の身体は反応していて、確かに彼女は実在するのだ、それが現実なのだ、砂漠の温度が私にそう思わせる、それ以外考えられなくなる。これはもしかするとアシタとキノウの共同戦術なのかもしれない、真ん中に私を放り出して、こんなどうしようもない、右を向いても左を向いても果てしのない最低の場所に放り出して、私を操ろうとしているのかもしれない。
 しかし考えてみれば私あての手紙が私に届く道理などもとよりなくって、私の背中にリード線つないでる奴が受け取ればいいのであって、私は始めからかすめ取られて、深く深く潜行しているのだ。潜水艦へ手紙を出す時は海へ投げればいい、異国の人がそれを拾う前に私がそれをこっそり回収しているかもしれないけど、必ず分からないように瓶に栓をして海へ戻すから、きっと誰も私には気付かない、私は私じゃなくてもいいから私じゃない振りをして、ふふん、それは私の名前ではありませんよ、誰も入れないプライベートルームではまた彼女のアシとシタがアシタへ向かって私を狂わせてくれる、ああ、幸せ。


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